
ジャア、君ハ何ヲ望ムノ
僕は何を望む・・・・
何を?
「ねえ、お母さん、」
「なあに、」
「・・・・・あの壁の向こうには何があるの?」
「あの壁のむこうはね、果てがあるのよ、」
「果て?果てって、なあに?」
「・・・・・世界の終りよ。あそこで世界は終わっているの、」
「世界の終り?終りには何があるの?」
「・・・・お母さんにも分からないわ。
果ては終りだから、何もないかも知れないわね。」
「何も無いの・・・・・・・・」
お母さんは時々、果てとの境目である壁を見詰めていた。
遠い目をしていた。
何を見ているの?
お母さん・・・・・
僕は何時か、お母さんが僕を残していつの間にか
いなくなってしまう予感がした。
だから、お母さんの手をしっかりと握っていなければと思った。
「どうしたの、シンジ・・・・・」
「お母さん・・・・・何処にもいかないでね・・・・・」
お母さんは何も言わず、微笑んだ。
ただ、微笑むだけだった。
どうして?お母さん?
そして、僕は確信した。
近い将来、お母さんは僕の前からいなくなってしまうことを。
お母さん・・・・・
ある日、お母さんの飼っていた白い小鳥が死んでいた。
ぽとりと落ちて死んでいた。
細い足が固く強張っている。
薄い瞼は、僅かに開いていた。
「・・・・・お母さん・・・・小鳥・・・・
死んでるよ・・・・」
振り向いたそこに、お母さんはいなかった。
何処にいったんだろう。
お母さんの寝台は綺麗に整えられていて、
もう髄分も前に、冷たくなっていた。
窓は開いていて、レースのカーテンがひらひらと風に
揺れている。
死んだ小鳥の羽が、同じように揺れていた。
足下で、白い羽が舞っている。
窓からは果てが見えた。
壁は高く、長く、何処までも続いていて壁にも果てが無かった。
空は不思議なくらい晴れ渡って、雲一つ無かった。
太陽が灰色の果てを、凶悪に照らしていた。
お母さん・・・・・
何処にいったの?
どうして僕を置いていったの?
君ハ何ヲ望ムノ
僕の・・・・・
僕の望みは
お母さん・・・・僕はお母さんを
ただ自分の存在価値を知りたいだけだったのかも知れない。
だから、父さんの処から飛びだした。
それとも、果てを目指せば母さんがいるような気がしたんだろうか。
その何方だったのか、今はもう曖昧になってしまった。
母さんは果ての壁を見ていたのではなく、
壁の向こうを見ていたんだろう。
最近はそう思う。
母さんは幸せだったの?
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加持はナビを立ちあげ、恐らくミサトが現れるであろう
場所に車を移動した。
「・・・・・道が生きていればいいけどな・・・・・」
アスファルトが剥がれた悪路に車を走らせる。
ナビが持っているこの地区のデータはかなり古いものだ。
建物も大部分が倒壊し、侵入不可能になっている道もある。
加持は何回も迂回を余儀なくされた。
煙草をふかした青年が訝しげに車を見ている。
車が珍しいのだろう。
仲間と何やらひそひそと相談をしながら、こちらを指さした。
油断をすれば何が起きるか分からない、そんな緊張感が漂う。
ミサトが入っていった道が、ナビに表示されている通りとは限らない。
加持は僅かな不安を抱きながら、車の速度を落した。
出てくるとするならば、この辺りのはずだ。
薄暗い細い道を、一つずつ確かめてゆく。
その時、赤い服が鮮やかに、加持の目に飛び込んできた。
「・・・・・気が合うじゃないか、」
表情を緩め、加持は直に車を寄せる。
「!!・・・・加持君・・・・・どうしてここが?」
ミサトは酷く驚いた顔をした。
「愛の力だよ・・・・」
加持は肩を竦め、おどけてみせる。
「・・・・・・何馬鹿なこといってんのよ!」
ミサトは不機嫌に車に乗り込む。
そんなミサトの姿を見て、加持はにやにやと笑う。
「その様子だと、うまく逃げられたようだな、」
「・・・・・そんなに、嬉しそうに言わなくてもいいでしょ、」
「ま、いいじゃないか、生きていることが分かったんだ。
ここに来て直に彼が見つかっただけでも儲けもんだと思わなきゃな、
それだけでも、奇跡に近い。」
ミサトはじろりと加持を睨み付けたが、その通りだと思い
大きな溜息を一つ吐くと、シートに深く沈み込んだ。
「そうね、生きてさえいれば幾らでも何とかなるものね・・・・」
加持は疲れているミサトに代わり、車を走らせた。
無口になったミサトは外の景色をじっと見詰める。
加持はそんなミサトにちらりと視線を走らせた。
「・・・・ショックなのかい?」
「・・・・なにがぁ・・・・・?」
「シンジ君だよ、」
「どうして・・・・・?」
「彼は随分と君に懐いていたじゃないか、
それがあんなふうに逃げられて・・・・・だよ。」
「・・・・・ちょっち・・・・ね・・・・」
ミサトはウィンドウの外を見たまま答えた。
確かに、失踪してしまう前までは。
シンジは実の姉を慕うように、自分に接していた。
・・・・はずだった。
それがある日、なんの相談もなく姿を消してしまったのだ。
いなくなってしまうまで、シンジの変化に少しも気がつけなかったのだ。
失踪してしまう前日の夜は、一緒に食事もしたというのに。
その時は、何かに悩んでいる様子には見えなかった。
彼と父親の間に何らかの確執が在ることには気がついてはいたが、
それが失踪の原因になるほど根の深いものだったのかは解らない。
安全で不自由無い生活を捨ててまで、シンジは何を求めていたのか。
今思えば、シンジは本当の自分の心の内を、
自分に打ち明けたりはしなかった様に思う。
「・・・・・でも・・・・・」
「でも?」
「今日が無事でも・・・・明日が無事とは限らないのよね・・・・」
ミサトは呟く。
加持は胸のポケットから煙草を取り出した。
一本をくわえると、火を付ける。
「そりゃ・・・・そうだ、
だが、今まで生きてきたんだ。彼なりに、ここで生きてゆく
術を身に付けているってことさ・・・・」
「・・・・だと、いいんだけどね・・・・」
The Next・・・・・